みたから、何の名前なの?

            

みくさのみたから皆元のすべ

というのは信濃の國の伊那谷で、

昔から受け継がれてきた、

伝統的な生活習慣の呼名です。

          

略して「みくさのみたから」

あるいは「みたから」と呼ばれてきました。

               

たまちのすべというのは、

やはり信濃の國のなかにある

古代聖地・諏訪に残っていた呼名です。

みくさのみたから 皆元のすべ

と中身はまったく同じです。

みっつでひとつ たまちのすべ

とも呼ばれていたようです。

           

すべ、という言葉の意味は、

中国語で「

イギリス語で「Magic」に近いようです。

総合性をあらわす言葉で

すべを統(すべ)るという意味があります。

      

小手先のわざ=技=techniqueとは違って、

いのちの潜在能力を総合的・多層的に発揮する際

「すべ」が用いられるようです。

        

イギリス語では

MITAKARA : Japanese ancient magic to live joyfully

というふうに紹介されることもあります。

          

伝統的な生活習慣は、

誰かが身につけて、

ようやく心地よく作用します。

味わってようやく美味しく作用する

味噌・豆腐・味醂などと同じです。

           

そうした食文化との違い。

みくさのみたからは

無形文化財なので目には見えません。

どなたでも全身で心地よく味わうことができます。

        

みたからっていう名前の団体があるの?

         

そんな団体はありません。

世界中どこにもありません。 

             

みくさのみたから みなもとのすべ

みっつでひとつ たまちのすべ

いずれも伝統的な生活習慣の呼名です。

        

誰もがたやすく身につけられて、

日ごと心地よく、

一生のあいだ続けていける

万人向けの伝統術です。

          

みたからを身につける集いや

みたからのお楽しみおさらい会(たまちの湯)は、

各地で有志の方たちが

その都度ゼロから

いつも新しい顔ぶれで

チカラを合わせて支度しています。

              

みくさのみたからは、

企業団体とも

政治団体とも

宗教団体とも関わりがありません。

 

                

「お味噌」とか、

「お豆腐」という名前の

政治団体や企業組織がないのと同じでしょう。

       

「歯磨き」とか、

「お散歩」という名前の

宗教団体や営利組織は生まれようがありません。

               

みくさのみたからという

伝統的な無形文化財の性質上、

みたからを通じてつながっている人たちに、

拠点も、中心地も、ありません。

            

集団も、組織も、ありません。

規約も、固定した形も、ありません。                   

                

身につけるための集いに備えて、

公共の施設などをお借りするとき、

集いを支度してくれる方たちが

仮の団体名を用いることはあります。

それだけの一時的なことです。 

        

みくさのみたから、

たまちのすべ、          

これまでは

耳なれない人が多かったというだけのこと、

           

いったん広まってしまったら、

世界中の普通の人たちにとって

お散歩や歯磨きくらい

ポピュラーでメジャーでありきたりな

生活習慣になることでしょう。

    

いのちが元氣に若々しくなり、

しかも心地よい習慣なので、

いったん広まってしまったら

 あとは誰もが

ついつい続けてしまいます。

      

日ごとに続けて樂しんでいく習慣なので、

みくさのみたからを実践している人たち、      

みたからをひらいている人たちのあいだには

もちろん、ゆるやかなつながりが生まれます。

          

みたからを通じて知り合った方たちは

ゆるやかで心地よい繋がりあいを大切にしています。

昔ながらのお祭り仲間

地球家族みたいなところもあります。

           

 

後ろに何らかの

団体がひかえている方がたによる勧誘、

宗教団体への勧誘、

政治団体への勧誘、

ネットワーク・ビジネス団体への勧誘などは

すみません、お断りしています。

         

みながいのちの立場で対等につきあえるよう

ボス猿みたいな者を作ってあがめたりもしません。

誰かの夢に皆で寄りかかったりもしません。

            

声のでっかい誰かさんの夢を叶えるために

メンバーがみんな身ずからの夢や天職を見失って

誰かさんに依存するような、

そんな団体や組織はこの世界にとって迷惑でしょう。

              

いわゆる「みたから仲間」さんたちは、

暗黙の了解としてお互いに、

いわゆる世間の常識を尊重しながら、

世のなかでの役割を果たしながら暮らしています。

つまり、どこにでもいる、ありふれた普通の人たちです。

                 

つながり方も、つきあい方も、

その時どきの流れに従って、

いのちそのままに、いつも変化しています。

             

何かしら違和感があれば

すぐにそのことを相手に告げて、

いのちの立場で

本音のつきあいを大切に暮らしています。

           

ひとりひとりそれぞれに

自分なりのヴィジョンをはっきりと抱いて

身ずからの能力を、

それぞれの天職のなかで

フルに発揮している最中です。

           

独自なやり方でクリエイティブに

それぞれの夢を実現している最中です。

           

人として

あたりまえな

暮らしをしているだけでしょう。

 

もしもこうした

あたりまえな暮らしを阻むような

団体・組織などがあるとしたら

そんな集団は心地よい世のなかにとって

氣づまりな場所ふさぎではないですか?

       

メンバーが集団に居座ってへばりついて

コネやカネに絡め取られたりするまえに

そんな集団のボス猿さんやお偉いさん方は 

集団を解散してしまったほうが

すっきり世のため人のためでしょう。